2010年1月アーカイブ

時計の犯罪

| コメント(0) | トラックバック(0)

一昔前は大抵の家には柱時計があったものである。
1時間ごとにボーンボーンボーンと律儀に鳴るあれである。

今ではずっとシンプルなものに様代わりしてしまったのではなかろうか。

そんな壁掛け時計をふっと見てみると、
今まで止まっていた秒針があわてて動き出したように見えた。
「ははあーん、さては今までサボっていたに違いない」
そんなことを思いながら今度はじっと針を追ってみる。

刻々と時間が刻まれていく。
間違いなく針は正確に動いている。

暫くして、
知らん顔をしてよそ見をする振りをして
いきなり時計の針を見たら、主人の見てないことを良い事にちゃっかり3秒程サボっていた秒針があわてて3秒分一度に動いたように見えた。

ただ残念なのは秒針の犯罪を現行犯で捕らえられなかった事である。
つまり3秒分まとめて動いたものの目にしたのは最後の1秒目のところだった訳である。

そんな風な事をしながらも間違いなく時間は過ぎていく。
時間をどう使おうと小生の勝手である。
誰に文句を言われる筋合いもない。

とはいえ、時間は公平に永遠と流れるものではない。
自分に与えられた時間は限りあるものである。
実は寸秒をも惜しまなくてはならない。

けれども時々時間の犯す犯罪を盗み見たくなるのも人情である。
ところが、どういう訳かやってはならない事をやってしまっているようで気持ちが悪い。

時の犯罪を解明したり、鏡映しの世界に入り込むことはやってはならないことのような気がするのである。

うどん屋でうどんを食いながらのことである。

「ガムとチョコレートをいっしょに食べるとガムがドロドロに溶けてしまうんだよ」
ヨードチンキ君が密かに発見したように言うと海の藻屑君が笑った。
「そんな事小学校の遠足の時に知っていたよ。君は今までご存知なかったのかね」
ヨードチンキ君は世間では常識のことだったのかと不思議がる。
キュウリ魚君は冷静に意見を言う。
「チョコレートの油分が犯人なのです」

それを聞いたキンカン坊主はクールミントガムを噛みながら今度は海老天うどんの海老天を頬張った。
暫く口をもぐもぐさせて大声を出す。
「やあ、これはものすごい海老天でガムが無くなった。どろどろに溶けている」

キュウリ魚君は冷たい目で坊主を睨みながら吐き捨てるように言った。
「ミントと海老天喰って美味いのですか。本当にあなたはお坊さんなのですか。馬鹿にも程がある」

そんなキュウリ魚君を尻目にヨードチンキ君も坊主からガムを拝借してやっぱり海老天を頬張っている。
とうとう、海の藻屑君までも同じ事をやり始めた。

うどん屋の親父はそんな風に騒動する我々に不機嫌な顔をしている。

うどん屋に一人で入ってガムを食いながら海老天を食うと危険人物である。
ところが大の大人が寄って集って同じ事をやらかすと笑いが起こる。
おかしなものである。

ただ一人うどん屋の親父が迷惑この上ないことだけは現実なのである。

ぼんやりと間抜け顔をしながらクリームチョコレートを舐めている。
銀色の包みがきれいなチョコレートである。
時々緑色に輝くものとか赤く輝くものもある。

金属色に輝くとなんだか心が躍ってくるのは何故だろうか。
おそらく動物的な感覚なのだろうとなんとなく思ったりしながら
チョコレートを囓る。
囓ると白いクリームが出てくる。
異常に甘い。
甘いから薄い紅茶で口を濯ぐ。
そうしてまた一つ口に放り込む。
今度はクリームにコーティングしたようなチョコレートを口の中で溶かす。
チョコレートが溶けるとまた甘いクリームの味がする。
仕舞いには口の中がドロドロしてくる。
気持ち悪いからまた薄い紅茶を飲む。

そんな風なことをぼんやりと繰り返していると流石に頭が痛くなってくる。

テレビをつけたら女性のアナウンサーが得意になって小沢批判をしている。
こんな連中にまで批判されるようになったらもうお仕舞いだなと思い早々にテレビを消した。

またひとつクリームチョコレートを口に放り込んだら、今度は虫歯が痛みだした。

無駄に車検代を払うくらいなら虫歯の治療もできるのにと考えたら
こんな国に生きていることが無性に馬鹿馬鹿しくなってきた。

そういえばアメリカまでの飛行機に乗ると機内でどうしてあんなに屁がでるのだろうか。きっと気圧の仕業だろうが、それにしても腹が張って仕方なくなるのは一体小生だけだろうかと暫く考えていると夜も更けてきた。

さあ寝よう。

DSC_0007.jpg

天気が良いので鳥見に出かけた。
青い鳥のルリビタキを見たかったが残念ながら会えなかった。

今日はどこにでも居るジョウビタキを見て楽しんだ。
とはいえ、ジョウビタキも実にお洒落な鳥である。
頭部に銀色を使うなどなかなか渋い色遣いである。

ジョウビタキの名前の由来はどこにでも居るヒタキだから常ビタキかと思ったら
頭部が翁のようだから「尉」という文字をあてて「尉鶲」と呼ぶらしい。
あるいは「ヒッ、ヒッ、ヒッ」と鳴くことから「尉火炊」とも呼ばれるらしい。
しかしヒタキとはキビタキやルリビタキ、コサメビタキなどのヒタキ科に属するからヒタキなのではないだろうか。
どうもネットで名前の由来を調べるとどれも同様の内容だから誰かが最初に書いたものを大方皆で真似をして書いているだけではなかろうか。

そしてまたややこしいことにジョウビタキは実はツグミ科に属するらしい。
ジョウビタキのヒタキはヒタキ科のヒタキではなく、やっぱり火炊きのヒタキなのだろうか。
面倒くさい名前である。

百舌のはやにえ

| コメント(0) | トラックバック(0)

今日は寒い。5センチもありそうな霜柱が見事である。

よりによって朝から学校でパソコンの作業である。
北向きの部屋だから凍えるかと思うほど寒かった。

板垣退助似の校長は留守である。
熊ゲラのような顔をした教頭が今日は給食を召し上がりなさいと勧めてくれたが、
メニューは春雨スープだと聞いて丁重にお断りした。
子供の頃の犬の食器のような器に入れられた冷めた春雨スープの不味さは格別だったからである。今もこのメニューが残っているとは春雨スープも執念深いものである。
相変わらず小学生を苦悩させていることであろう。

あんまり寒いものだから早々に引き上げることにした。
帰ろうとすると熊ゲラの教頭は一枚の写真を見せてくれた。

百舌のはやにえでトカゲのミイラが校庭の梅の枝に突き刺さっているものであった。
今時はやにえとは百舌も古風な事をやらかすもんですなと言うと、熊ゲラの教頭はキョトンとしていた。
これで赤い帽子を被れば熊ゲラそのものである。

家に戻ったら早速アラジンのストーブに火を入れ、青々と炎が立つとスルメを焼くことにした。宝焼酎を飲みながらスルメの足をしゃぶると昼間熊ゲラの教頭に見せられた百舌のはやにえを思い出した。
あのミイラになったトカゲもきっとこんな味がするのであろうか。百舌の奴なかなかの食通らしいなどとどうでもいいことを考えながらチビリチビリとやり始めた。

やれ政治がどうだとかマスコミがどうしたとか憂いてみても、小生など所詮ははじき出されたカスのような人間である。どうせ残り少ない人生である。今後のこの国の行方などどうでも良いことだと思うに至った。馬鹿馬鹿しい。

今度あの学校に行ったらはやにえのあった梅の枝にスルメの足をぶら下げてみようと思う。百舌の奴きっと驚くに違いない。さてスルメを喰うか、やっぱりトカゲを喰うか、こいつは見物である。そうして梅の枝にぶら下がったスルメを見つけ出した目ざとい小学生がスルメが生えたと言って驚く様も面白いに違いない。

蜜柑

| コメント(0) | トラックバック(0)

今年は蜜柑が安い。
昔ながらの蜜柑箱(10kg)が千円くらいで買える。
だから安心して蜜柑をぱくついているのである。

箱買いすると安いが時々腐った蜜柑が混じっている。
そのまま捨てるのは勿体ないのできれいに剥いて安アパートのベランダに置いておくと
鳥が来て食べていく。
その様をじっと見ていると時間を忘れるのである。

ヒヨドリがきてあたりを伺いながらもしきりに啄み、
果汁で満たされるとどこかへ消えていく。

今度はメジロが来てふざけた顔で果汁を吸う。
メジロは一口二口果汁を吸うとすぐにどこかへ飛び去る。

四十雀もしきりに行き来する。

嵐山渓谷に行けばルリビタキに会えるかもしれないなどと
鳥見の事などもぼんやりと思ってみる。

腐った蜜柑ひとつで鳥たちと遊ぶ時間はくだらないテレビを見るよりも余程優雅な一時である。

本来の時間を取り戻した一時でもあった。

暮れにスーパーに行ってみると蒲鉾の値段に驚かされたのである。
一本千円だの800円だの大層立派な化粧をした蒲鉾がずらりと並んでいる。
500円以下のものなどどこにもない。
いつも買っている100円の赤いものでよいのだが、いつの間にか姿を消しているのである。
一体全体どこに隠されたのであろうか。

蒲鉾一本に千円出すくらいなら鯛の刺身が買えるってものだ。
ということで、魚売り場に行くと今度はいつも売っている1パック298円の刺身が無い。
いつの間にか千円以上のものに早変わりである。

まったくひどい話である。
正月といえども正月どころではない人が平凡な食事もできない始末である。

えいくそと結局カップ麺の生活になるのである。

ところが、そろそろ世間の人が正月に飽きてきた頃が狙い目である。

一本千円だと威張っていた蒲鉾もなんだか都落ちした風情で3分の1くらいの値段になる。
さてここで清水の舞台から飛び降りる気分で都落ちの蒲鉾を手に入れるのである。

年に一度の贅沢である。
こうして、ようやく我が家にも正月が訪れるわけである。

冷たい北風がすきま風となって入ってくるから、
アラジンのストーブを全開で燃やしてみてもやっぱり寒い。


昆布で巻いた蒲鉾をつまみながら宝焼酎をキュッとやる。
そうだ「とらさん」でも見ようと思い立ち昔手に入れたビデオを観ることにした。

昭和のあの頃は本当にいい時代だったのかもしれない。