年末の一日

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世間では年末だの正月だのといっては慌ただしい。
すっかり冷たくなった風が北側の窓をトントンと鳴らす。
あまり馴染みに成りたくはない客が押し掛けて来たかのようである。
アラジンのストーブを着けてみてもやっぱり寒い。
寒いから酒でも飲もうかと思うが熱燗にするような酒も無い。
隣から赤子の鳴き声が響いてくる。きっと若夫婦が孫を連れて来ているのであろう。
年末ともなれば年寄りにとっては有り難い楽しみに違いない。
我が家にはそんな声などあるはずもない。
いつもと変わらない時間だけが刻々と刻まれていく。
日が暮れるのは早いからまだ昼下がりの時刻にも関わらず薄暗くなってきた。
ストーブの灯りに手のひらを開いてぼんやりと見つめていると溜め息が出て来た。
幼い頃に砂山を作るのに夢中に成った事があった。
そして、冷たい風に気付いた時にはすでに日が落ちた後であった。
正気になって周りを見回すと誰も居ない。
恐ろしい程の孤独に大泣きをしてしまったものである。
あの時の恐ろしい孤独感が蘇ってきた。
おそらくあの北風の責任に違いない。
熱い茶を湯のみに入れて、松露を口に放り込み茶を飲む。
そして、これでいいと思う事にした。

あの女のこと

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キンカン坊主の家を出てからは名月君と歩いた。
他の連中は車を呼んで帰ったが、我々は駅に向かったからである。
暫く歩くと子ども向けの小さな公園があった。名月君は少し酔いを醒して行こうではないかと提案する。
丁度良い風が気持ち良いので少しばかり休んで行く事にした。

名月君はブランコに乗ってから君も乗らないかと勧めるが、深夜の公園でそろそろ老いの近づいた二人がブランコに乗る姿はあまり気色の良いものではないので早速断ってから鉄棒を支えにして涼む事にした。
ブランコのキーキー鳴る音は妙に物悲しいものである。

名月君もいい加減ブランコに飽きるとやっぱり鉄棒に来てから煙草に火を着けた。
オイルライター特有の油が燃える匂いが漂う。
その匂いに不思議な懐かしさを感じながら、君は鉄棒はうまくできたかねと名月君に尋ねると、くるくると何度も廻ったものだと威張る。そして、自分は苦手だったと白状すると名月君はけらけら笑いながらそうだろうと確信する。

名月君は大きく煙草を吸い込むと今度は雲のような煙を吐き出した。
そして、こんな事を言い出した。

「お前、あの女の事どう思うか」
いつもは気取った話し方をする名月君だが、この時は何か本性で話そうと誓っているかのようでもある。
あの女とはシロン君と自殺した例の女の事である。
どう思うかと言われてみても固よりその女と出会ったことさえないものであるから解るわけがない。
解る訳がないだろうと素っ気なく応えると、名月君はそんな事を聞いているのではない。お前があの女をどういう風に思うかと聞いているのだと少し苛立ってみせる。

実は名月君に言われるまでもなくあの女のことはずっと気にはなっていた。
キンカン坊主の言う通りだとするとシロン君とあの女は特別の関係ではなかったのかもしれない。おそらくそうであって欲しいと思うが、一方では見ず知らずの女と一体自殺などできるものであろうかという思いもある。
人の心は妖しく込み入ったものである。そんな短絡的で判官贔屓なものではないはずである。

名月君は煮え切らない自分に耐えきれずにこう話し始めた。
「実はあの女に会った事がある。シロン君の見舞いに行った時の事だがね」
そう言うと、また煙草の煙を雲のように吐き出す。
「ねえさんと違ってどこにでもいる女だよ。ただ年齢不詳の女でね。実は若いのかもしれないし、40くらいなのかもしれない。雪ん子のような顔をした女だ」
名月君はしばらく宙を見てそして煙草の火を消すと囁くように言う。
「神経がガラス細工のような、いや、おそらくそうだ。そんな女だったよ」
どうしてそんな事がわかるのかと聞いてみたら俺の感だと言って笑って済ませる。

どうやら最終電車の時間も近づいたようである。
あの女の事はまた改めて聞く事にして駅に向かう事にした。

真 実

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そろそろお開きにしようかと言っていると再び玄関の音がした。
一瞬皆の目にねえさんが戻って来たのではないかという期待の色が浮かんだ。
が、現れたのはぷらり晋平であった。

ぷらり晋平はいつもぷらりと来てはぷらりと帰って行くのでぷらり晋平である。そして今日もやっぱりぷらりとやって来た訳である。

なんだお前かと名月君が明らかに落胆の声で呟く。
そうすると、なんだとはご挨拶ですね。とぷらり晋平は不満そうである。
一体どうしたのかねとキンカン坊主が尋ねると、
ぷらり晋平は断りもなく豆大福をひとつ頬張って、シロン兄さんの墓参りに行って来たと言う。

午前中に皆で出かけたのに君が来ないので薄情な男だと噂をしていたところさ、と海の藻くず君が冷やかすと、ぷらり晋平はこんな俺でもなかなか時間を合わせるのは難しいものなんだ。だからこうして一人でお参りをして来たのだと威張る。そう言うとまた豆大福を喰う。

名月君はそんな姿に嫌気したように、それはねえさんが持って来たものだから少しは味わって喰ったらどうかねと語気を強めた。

そうするとぷらり晋平は豆大福を喰うのを止めてじっと豆大福を見つめる。
そしてこう言い始めた。

「俺はねえさんという人がよくわからない」

何を言っているのかねと名月君が先を促すとぷらり晋平は続けた。

「シロン兄さんのお墓に行った時の事です。
いや、もっと正確に言うなら兄さんのお墓に行こうとしたら、先客がいた。そして、その上品な後ろ姿には確かに見覚えがあったんだ」

そう言うと、ぷらり晋平は目を見開く。
一体誰なのだとキュウリ魚君が急かす。

「俺は自分の目を疑ったよ。
だってそこに居たのは、ねえさんだったからな。
なんだか会ってはならない人に会ってしまったと咄嗟に引き返したほどだからね。
おそらくねえさんには気づかれなかったと思うのだが」

ねえさんが何故シロン君の墓参りするのだろうか、とエイのヒレ君が不思議がる。
ほかの女と情死した男の下などへ行くとは考えられないと棒鱈君も頷く。

「ねえさんは明らかに兄さんの墓の前で涙していた。取り乱している訳ではないのだけれども、本当に気の毒になるような姿だった。
 普通はもうシロン君に会いたいとは思わないだろう。
ましてや、涙を見せたりなんか」とぷらり晋平は呟く。

誰もが信じられないとか見間違いではないかと言う。
猫まで意味もなくニャアという。
夏の虫は既に静かになっていた。

そしていつまでも不思議がっていたら、
今まで黙っていたキンカン坊主が突然目を見開いてこう言った。

「だから、お前達はひょうろく玉だというのだ。
わからんか、シロン君の気持ちが」

この時ばかりはどこかの有り難い和尚のような顔つきである。

「どうやらシロン君は、あの女に惚れて情死した訳ではないらしい。
あれはお前達も知っての通り馬鹿な男だから、
自分が逝った後のねえさんのいく末を案じたのぢゃよ」

キンカン坊主はそう言うと暫く黙った。
そして思い出したように続ける。

「おそらく彼の事だ、いつまでも自分に未練を持たないで欲しいと考えたに違いない。
そして、まだ先のあるねえさんにきっぱりと自分を見切って欲しいと決めたのかもしれない」

棒鱈君が成る程と相づちを打つ。

「そして悲しいかなそんな心持ちを誰よりも理解しているのは実はねえさんなのではないだろうか」

キンカン坊主はいつの間にかまた酒を手にしている。

「この坊主とした事が、さっきここに来たねえさんの心の中をどうして気づいてやれんかったのか」

キュウリ魚君は少し溜め息まじりに言った。
「そうですね。いつになく陽気に踊ってみたり、飲めない煙草を飲んでみせたり、
今日のねえさんはちょっといつもと違っていた」

皆が思い思いに再び酒を飲み始めるとぼんやりと昔の事が思い出された。

あれは一昨年前の晩秋の頃である。
シロン君とねえさんと公園をそぞろ歩きしたことがあった。
赤や黄色の落ち葉を踏みしめながら歩くと秋風が随分と心地良かったものである。

シロン君が緑啄木鳥について説明するとねえさんも一緒になって緑啄木鳥を説明した。
亭主の説明の足りないところを上手に補いながらも決して出過ぎない。
そんなねえさんに感心したものである。

シロン君は不器用だからマフラーを巻いてもうまくいかない。
そんな不手際を上手に直す姿も羨ましいものであった。
そしてあの奇妙な詩を誰よりも喜んで聞いたのもねえさんである。
少年のような顔でおかしな詩を読み上げると、
母親のような顔で真面目に聞くねえさんが居た。

確かにキンカン坊主の言う通りであろう。
二人にとって一方が欠ける事は己の身を裂かれるような痛みがあったに違いない。
そう考えるとあまり仲が良すぎるのも考えものかもしれない。

黒檀のテーブルに置かれた偽物の赤い薔薇が微笑んで見える。
強い酒を一気に飲み干すと胃の中が燃えるように熱い。

いつの間にかこの国は豊かになったが、いつかのような繁栄はなく
隙あらば人の足を引っ張る事だけが長けて来た。
政治を筆頭にそんなことばかりやっている。
いつしか我々は人の心を忘れてしまっているかのようにも思える。

思えば、己の自我ばかりを主張することが当たり前になったこの時代に
スポットライトさえあたれば自分の身を挺して相手を思いやる心は賞賛されることであろう。


けれども、誰に認められる訳でもなく、当たり前の男と女が至極普通に生きて行く中で
お互いの梢が触れあう事でお互いの存在を確かめ合い
そして、尊重し合う。
ひっそりと交わされる心に
ただ涙が流れて仕方なかった。

ねえさんの事

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そろそろ飲み疲れた頃、玄関がバタリと開く音がした。
いい加減に出来上がった飲ん平ばかりだから玄関が開こうが、
来客があろうがお構いなしである。

間もなく少し高めの聞き覚えのある声がした。
「やっぱり、皆さんお集りですね。
まあ、すっかり出来上がっていらっしゃること」
ねえさんである。上目遣いで我々を見回すと、
上野の岡埜栄泉で豆大福を買って来たから、いい加減お酒は止めにして
お茶にしましょうと言う。

ねえさんがそう言うからには誰も嫌などとは言わない。
キンカン坊主は早速浮かれ顔でお茶の用意を始めた。
寝転がっていた名月君もどれどれと起き上がる。
キュウリ魚君などは正座をする。
猫はねえさんの膝の上にちゃっかり陣取っている。
淡い化粧の匂いにうっとりしているようでもある。

ちょうど自分の横に座るねえさんは
翡翠色のワンピースがよく似合っている。
その色が色白の肌を一段と際立てているようである。
遠くからピアノコンチェルト「エンペラー」のアダージオが静かに聞こえてきそうな気品さえある。

今日はまたどうしたのかね、と名月君が聞くと、
「あら、来たら悪いかしら」
と言っておどけてみせる。
そして、あなた達こそ何を話していたのとやっぱり上目使いで問いかけられた。
とっさに答えを見つけられずにそれぞれの顔を見てはへらへらしていると
名月君がこう応えた。

「なーに、我々もいい歳だからあとせいぜい10年も生きれば御の字だ。
小学生の十年は千年のごとく長いが、今までの十年などはあっという間のできごとだった。それ故にだ、そのあっという間の十年をこれからどう生きるべきか考えていたのさ」

そうするとねえさんは、それで答えは見つかったかしらと言って笑う。

そしてテーブルにあった偽物の赤い薔薇を口にすると立ち上がる。

L'amour est un oiseau rebelle

Que nul ne peut apprivoiser,

ハバネラの調子で踊りはじめた。
最初ばかりはカルメンも怖じ気づく程魅力的だったものの
いつの間にか段々あやしくなり、仕舞いには盆踊りのようである。

男どもも大笑いでねえさんの後に続く。
暗い酒飲み会が一転して陽気なものに変わった。
そして散々盆踊りを踊ったらくたびれて座り込んでしまった。

やれやれと名月君が煙草に火を着けると、
ねえさんは偽物の薔薇をそっと置いて名月君の煙草を横取りして吸ってみせる。
吸ってみたはいいが大きく咽せて苦しがる。
苦しむねえさんにキンカン坊主が馬鹿な真似をするからだといって窘める。
ねえさんは、あはははと笑ってみせるが目には涙がうっすらと溜まっていた。
煙草の煙で潤んだ目はまたひときわ美しいものに違いなかった。
「こんなもの飲んでいったいどこがおいしいのかしら」
そう言うとまだゴホゴホいっている。
時々覗かせる歯は絹のように淑やかである。
明眸皓歯とはこういう人の事をいうのであろう。

ようやく皆の心持ちが明るくなったところで
ねえさんは実はまだ行かないといけない所があるからと言って
さっさと帰り支度を始めた。
そしてこう言った。

「できることをするしかないと思うわ。
平凡に生きて行く事だって大変ですものね」

今来たばかりなのにもう少し落ち着いて行ったら良いだろうと名月君は不満を言う。
キュウリ魚君も、そうですともと同調する。
けれども、ねえさんはごめんなさいねと言ったきりさっさと帰ってしまった。

キンカン坊主は残された豆大福を見つめながら、ひとつも喰わずに行ってしまった、
と豆大福に不満をぶつけるが豆大福は知らん顔をしたきりである。

誰かのつく溜め息がひとつ空しく聞こえてくる。

しばらく静かにしていた夏の虫が再び蛍光灯にカチカチやり出した。


シロン君の命日

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あっけないシロン君の最期からもう一年になる。早いものである。
人が死んだからといって特別に何か変化が起こる訳ではない。
いつものように目が覚めてお茶を飲み、
安い茶葉ばかり買うから苦いばかりで美味くないと言いながら、
今度は歯を磨く。
吐き出したシャボンにはいつものように血が滲んでいる。
きっと歯医者に行こうと決心するが顔を洗う頃には大抵忘れている。
そんな風にして一日が始まる。

ところが、一日何をしたのかよくわからずに夜を迎えることになる。

明日の予習をしながら鼻毛を抜くと白い毛を見つける。
とうとう爺さんになったなと感心しながら居眠りをする。
居眠りをしていたら突然アライグマに脅かされて目覚める。
いつの間にか深夜である。

そんな暢気な一日に飽きるとキンカン坊主達と宴会をする。
今日はシロン君の命日だから酒でも飲もうとやっぱり皆が集まった。

エイのヒレ君が屋台で焼き鳥を買って来たので、
いつか名月君が何かの古市で購入してきた大層立派だという赤絵の皿に並べた。
そうするとなんだか立派な食べ物に見えてくる。
名月君は焼き鳥の種類をいちいち説明してみせる。
これは「さえずり」といってガチョウの舌で、こいつは「ぼんじり」という。
「ぼんじり」はキンカン坊主が喰ってしまったコケコッコの肛門だな。
といつものようにあやしいことを平気な顔で言う。

ねえさんは今日は来ないのかなとエイのヒレ君は名月君を相手にせずに言う。
流石にねえさんを入れる訳にはいかないだろうと名月君が応える。
キュウリ魚君は黙って納得している。
いつ頃か、シロン君の元奥さんのことを我々はねえさんと呼ぶようになっていた。

ねえさんは別嬪さんの見本みたいな人だから誰が見ても美人だとか
お美しい方だとか、奇麗だと言う。
四六時中美人だと言われていれば、
ねえさんにしてみればいい加減に違う見方をされたいものだろう。

そんな時にシロン君が現れ、あの調子で下手くそな詩を二つ三つ並べてねえさんを面白がらせたに違いない。
そうでなければ、売れない詩人と一緒になったりはしなかっただろう。

名月君が酒に酔った勢いで無精髭を撫でながらシロン君の詩を朗読しはじめた。
棒鱈君は髭がないので猫の髭を整える。
猫は煙たいような迷惑なような顔をしてみせる。

「あの道も、この道も、道に変わりはなし

ああ、道よ、僕をいったいどこへ連れて行こうというのか

あの道も、この道も、行ってみたいが

やっぱり迷ってしまう

ああ、清秋の青空よ、僕をこのまま透明にしてほしい」


「なんぢゃそりゃ。
いったい本当に詩人の詩なのかね?」
棒鱈君が棒鱈のような顔をして呆れる。
呆れたついでに猫の頭をポンと叩くから、猫はニャーという。

そうだね、大体そんな詩を作っては
中原中也のような帽子をかぶって芸術家気取りでいたけれども
今日日詩など買う律儀な人など滅多なことでは居ない。
それで仕方無く「ひょうろく玉のちんちろ日記」とかいうへんちくりんなエッセイを書いたら
夕刊新聞の記者の目に留まって連載が始まった。
それでなんとか飯を食っていたようなものだったからね。

名月君はそう言うと、ここに来る間に出会った道化師から拝借した偽物の赤い薔薇を胸ポケットから取り出して
テーブルにそっと置いた。
そっと置かれた薔薇はなんだかシロン君の化身のようにも思えた。

キンカン坊主は薔薇を見つめながら憎めない男だったと小さく呟く。

僕はシロン兄さんにハイネは良いから是非読んでご覧と言われたきり、
いつまでも読まずにいたら、
今度はプーシキンにしなさいと言ってイソップの本をポンと渡されたことがあります。
そんなときに見せる子どものような笑顔が本当に好きでした。
キュウリ魚君はガチョウの舌だという謎の肉をしみじみ噛みながら言う。

エイのヒレ君もそうですねと続けた。
ある日仕事をさぼってルノアールに入ったらシロン兄さんが居た。
御機嫌ようと近づくと兄さんはおもむろにこう言ったのです。
「しー、僕は今アポロンの世界からディオニュッソスの世界へ立ち入らんとしているところだから、
静かにしておいておくれ」
あんまり真面目に言うから、では失礼と席を立とうとすると今度は
「君、ここのコーヒーはうまいから一緒に飲んで行きなさい」
そう言う。
では、ということで同席させてもらうとウエイターを呼ぶのです。
「この人に昆布茶をやってくれたまえ、あ、ぼくの伝票と一緒で良いから」
そう言うと清ましている。
僕はシロン兄さんの頭の構造がよくわかりません。けれども決して憎めない。

棒鱈君はやっぱり棒鱈の顔をしたまま、そうだなと言う。
シロンさんはとうとう子どもを作らなかった。
一体全体どうするつもりですかと聞くと、
「どうもこうもあるまい。欲しいことも欲しくないこともない。
ああいうものは天然自然にでてくるものさ」
そう言うから、けれどもあんまり出て来なければ努力の必要がありますよ。
大体周りが煩くありませんかと聞くと
「確かに科学的に原因を調べた訳でもないし、科学的に努力した訳でもない。
精々、その行為のあとにピョンピョン跳ねることは1度やらせてみたが阿呆らしくてやめた」
そう言うと少し嫌な顔をして更に続けました。
「大体僕に子どもがあろうがどうだろうが他人に兎や角言われる筋合いなんぞ何もない。
僕の子どもは作品だけだ」
そう言って威張ってました。
その子どもが「ひょうろく玉のちんちろ日記」ですからね。
そう言うと猫の頭をポンとやるので猫はニャーという。

海の藻くず君などは目に涙さえ浮かべている。

男達は偽物の赤い薔薇にそって杯を掲げた。

秋も近いというのに、夏の虫が蛍光灯にぶつかってはカチカチと音をさせている。
今日はなんだか悲しい酒である。

夢でみた怖い事

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昨年の冬からこの春まで、何度も洪水の夢をみた。
半端な洪水ではなく、山の中腹まで慌てて逃げる程の怖い夢を10回近くもみたのである。
山と山との間を大層な勢いで水が流れる。
あんまり大量の水だから時々家までが一緒に流れてくる。
そして不思議なことに洪水の割には空が青いのである。

そうしたら、3月に大津波が来た。
夢でみた洪水と妙に共通している。
これはきっと予言の夢に違いないと思うようになった。

早速アライグマに朝飯を食べながら、こうこう、こうして、こんな恐ろしい夢を何度もみたが、これはきっと予知能力かもしれんぞと威張った。
威張りながら貝汁の貝をチュウと吸って食べる。

アライグマは「へー」とか、「まあ」とか「やだ」だとか言っては恐ろしがったり、恐縮してみせたりする。そして仕舞いには、あんたは予言者になれると保証してくれる。保証はしてくれるものの予言者が誕生したことよりも、
貝を食う様を面白がって自分も真似をしてチュウとやる。
チュウとやっても少しも貝の実が取れないものだから不思議がる。
「おかしいね、よくそんな食べ方ができるものね」と今度は人を奇人扱いする。
そして、それにも飽きたら忙しなげに茶碗を持って行く。

どうだこの夢はすごいだろうと散々威張ってみたものの、話すだけ話し終わると精々アライグマの予言者にはなれても世間ではどうにも通用しないなと思い、それ以来この話は誰にもしてない。
けれどもその後さっぱりそんな夢をみないのでやっぱり少し気になっている。

それとこれはまだアライグマにも話してないことだが、実は火山が噴火して大量の噴石が飛んで来て逃げ惑う夢も何度かみている。溶岩がドロドロ流れて来たりもする。まさか富士山でも爆発したりしないだろうかと思うが、精々またアライグマに話して聞かせて怖がらせるくらいにしておこうと思っている。

天まで昇れ

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9月になっても暑いのでそうめんでも食おうという事になった。
いつもキンカン坊主の所に集まっては猫に気の毒だから、今度はキュウリ魚君の所に集まった。
今日はそうめんを食うばかりだから酒はいらないと集まったが、
今度はめずらしくキュウリ魚君がマッコリを用意していた。

酒を飲めない君がマッコリを準備するとは一体どういう風の吹き回しかなと名月君がからかうと、これは近所に住む韓国人の金さんに戴いたのだと言う。
なんでも近所のよしみで飲もうと言ってマッコリを持って来たが、なにやらのっぴきならない用事が入ったということで、そのまま置いて退散したらしい。

茹で上ったそうめんを見て名月君が言う。
なんだ、これは冷や麦だ。
確かに赤いのや青いのが申し訳程度に混ざっている。
キンカン坊主はそうめんも冷や麦も大して変わらんと言って早速食う。
名月君も食う。そしてマッコリをゴクリとやる。
キュウリ魚君も麺の油分が違うだのどうだのこうだの言ってやっぱり食う。
たった一人猫が居ないのが寂しい。

いい加減マッコリが利いて来た頃キンカン坊主が口を開いた。
酒を飲んで人様の悪口をやるのは高尚な人物のやることではない。
どうだろう、今日は高貴な話題にしようではないか。
そういわれると皆黙ってしまう。

しばらくすると、えいのヒレ君が赤い顔をして口を開いた。
では、僕が会社時代に青森に出張に出かけた時の高次元の話をしましょう。

実は嫌われ者の部長がいましてね。
まあ、社長の実の弟だから誰も文句を言えないことを良い事に、いつも威張り散らすから本当に厄介な人だったのです。
そんな部長と一緒に青森まで同行する訳だからうんざりしたのもお判りでしょう。

そう言うとエイのヒレ君はマッコリを飲み干してポンと器を置く。
名月君は空になった器を見てマッコリを注ぎながらサラリーマンも大変だとか言って、さあ飲めと勧める。

当時は仙台支社に居たので東北道を一路青森に向かいました。
僕は車の運転で大変ですけど部長はいい気なものです。
助手席でひっくり返って足を天井につけるようにしながら赤胴鈴之助を歌って居るのだから気楽なものです。
そこで、すこしばかり驚かしてやろうと思い丁度差し掛かったトンネルに纏わる怪談を始めたのです。
この長いトンネルには幽霊が出るのです。そんな風に話し始めると、
部長は屁を一発放ちましてね。
こう言うのです。

自分が子どもの頃、早朝に墓場の前を自転車で走っていたら人魂に出会った事があるというのです。

ほう、それでどうしたとキンカン坊主がそっと手をあわせながら聞いた。

なーに、ポンと蹴飛ばしてやると人魂の奴、自転車の前輪のスポークに絡まって、タイヤと一緒にクルクル廻り出したと言うのです。
おまけに、自転車のスピードを上げてみると、とうとうそのまま消えてなくなったそうです。幽霊なんていうものはそんなもんだと威張ってました。

それは性悪だな。とキンカン坊主がいう。
へえ、確かに性悪です。
僕は信用できないとキュウリ魚君は素直ではない。

エイのヒレ君は続けた。
その日は八戸の宿に泊まりました。
やれやれと安堵したら、早速部長が部屋に来いという。

やっぱりサラリーマンは大変だと今度は海の藻くず君が言う。

仕方ないので渋々部長の部屋を訪れたら、パンツとランニングだけの品格のない上司がそこに居ました。

「どうだい、君はあっちのほうは近頃どうなんだ」と聞くのです。
あっちの方とはどっちの方ですかと、間抜けな返事をしたものだから、
少しむっとした顔で、あっちの方とはこっちに決まっとるだろうと怒る。

ああ、こっちなら最近萎縮してばかりですと応えると
ははあん、そんなことなら少しばかり元気付けに行こうと言い出した。

夜のお付き合いはこの人に限っては大変だから、
今日は腹の調子など悪くて、とても外出などできないとキッパリ断りました。
なにしろ、酒でも入ろうものなら喧嘩はするし、ご婦人方は追いかけ回すで手をつけられませんからね。

呈よく断られた部長はそう簡単に諦めがつかないまま、金縁の眼鏡の奥に妖怪の様な光を淀ませながらどうでもよい事をくどくど話し始めたのです。そんな目になったのはきっと人魂を蹴飛ばしたりするから罰が当たったに違いありません。

僕なんぞは君くらいのころにはもうハチキレンばかり元気でだ、そうだな、一日10回位平気だったぞ。それでも一体全体治まりがつかずに金剛石で出来たような巨砲をば、しゅしゅぽぽ、しゅしゅぽぽやるとあの天井くらいまで駅を飛ばしたもんだ。
そう言うと金太郎さんのような格好をしてみせる。
「おや、あの天井までですか」
「おう。どや、すごかろう」と威張ってみせる。
なんだか急に天井板が不浄なものに思えてくる。

ほう、と皆もあっけにとられて天井を見る。
天井といえば随分距離がありますぜ、と名月君が不思議がる。
まあ、とシロン君の元夫人も驚く。
この頃ではシロン君の元夫人も我々のくだらない集まりに参加するようになっていた。

エイのヒレ君は更に続けた。

そうだ、あの天井までだ。
「天井までピッ!ポッ!パッだ!」
部長はそう言ってやっぱり色んな金太郎の格好をしてみせてからカラカラ笑う。
パンツとランニング姿の親父が全身でピポパの体勢をとって説明する姿を思ってください。僕は笑っていいものやら、呆れたらいいのやらでなんだかへなへなになりました。

天井までピッ!ポッ!パッ!
それはすごい三連続で天井ですか、とキュウリ魚君がしきりに感心する。
さしものキンカン坊主もそれは真似をできないと頷く。
これは世界大会に出れるかもしれんぞと名月君が保証してみせる。
シロン君の元夫人はケラケラ笑って面白がる。

僕があっけに取られていると今度は、君はどれくらい飛ばしたのかねと聞く。
僕なんぞは天井まで飛ばすなど、ついぞやった事ありませんので困り果てました。
仕方無いので、精々手の平をちょいと超えるくらいだと応えたら、
どうだ今日はひとつピポパで競争してみるかと言い出したからたまりません。
そればかりは勘弁願いたいとムキになって辞退した程です。

シロン君の元奥さんはケラケラ笑うのを急に止めて、あら挑戦なさったら良かったのにと平気な事をいう。
困ったエイのヒレ君は急に話題を変える。

そんな風にしていると、今度はその鞄を取ってくれと命じられました。

名月君はマッコリを飲むを止めて、鞄持ちのお仕事到来で、と言う。

革でできたアタッシュケースをポンと開けると、中にはたったひとつ林檎が入っている。
いつも商談に大切そうに持参する鞄だから余っ程貴重なものが入っているかと思ったら林檎がたったひとつです。
一体全体なぜ林檎か尋ねてみたら、便秘の性分だから毎晩欠かさずに食べるのだと言う。

キュウリ魚君が何も後生大事に持参しなくても青森といえば林檎の名産地だ。変わった人のようですねと言うと、天井まで飛ばすだけですでに変人は確定だろうと名月君は笑う。

それからエイのヒレ君は「せいくらべ」を歌いながら林檎を剥く真似をする。
「天井の滲みはおととしの、ごーがついつかの飛ばし比べ〜」
いい加減に歌い終わると続けた。
そして、どうだ少しばかり林檎を分けてやろうかと言われましたが、なんだか気色悪くてですね。いよいよ腹の調子が悪いからと断って部長の部屋を後にしました。

世の中妙な人物がいるものである。

大きな鍋の底には冷や麦が数本静かに眠っている。
キュウリ魚君はいつまでも天井を見つめながらぶつぶつ一人で言う。
名月君はやれやれという顔でズボンを緩めている。
シロン君の元奥さんはどれと言って茶碗などを片付け始めた。
それを見たキンカン坊主が、なあに片付けはキュウリ魚君がするから姐さんはゆっくりすればいいと言うと、元奥さんは少しは動いた方が良いからと、言う事を聞く気がないようである。

そんな連中の上を涼しい風が静かに通り過ぎた。
もうすぐ秋である。

行き倒れを見て

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ikebukuro.jpg先日池袋の駅からサンシャインに向かって歩いていたら人が倒れていた。
50台後半から60位の男で、これはホームレスかもしれないなと確信した。
ホームレスには見えるがまだ新入りのようで、黒光りのする筋金入りの連中とはまた様子が違う。
ボロは着ているがまだ当たり前の生活に未練を残したままでいるようでもある。
およそ、その未練が祟ったのかもしれない。

デパートのショーウインドウの前でひっくり返って痙攣している。
こんな痙攣のしかたは全く漫画かドリフターズのコントそのものである。
本当にああなるものだなと感心したほどだ。

実は目撃した時はもうすでに男のところに巡査がやってきており、
お前は一体何者かとしきりに尋ねていた。
お前は一体誰だと言われてみても、痙攣するほどである。
私は実は、かくかくしかじか、こういう者でどういう訳か気分が悪くなってこうやって震えているのだ。
などと威張って言えるものでもあるまい。
なんとつまらん愚問を投げかけているのであろうか。
そんな暇があるなら例の高電圧発生装置でも取り出してきて
ニューハートの医者のごとく、周囲の人に「離れて」と言いながら
ビリビリやった方が余っ程いいに決まっている。
そう思いながらその場を立ち去った。

立ち去ったもののその男の痙攣する姿がどうも残ってしまって後始末のしようがない。
少し休もうと思って近くのコーヒーショップに逃げ込むことにした。

アイスクリームを頼むと、愛想のない店員が面倒くさそうに水を置いていった。
暫くするとガラスの器に丸いヤッコ豆腐ほどもあるアイスクリームが出された。
そのてっぺんにはレーズンが無愛想におかれている。
蠅でも留まっているのかと思わせる飾りである。
それでも仕方なく食べてみると案外美味いものだった。
そして半分も食べると流石に頭が冴えたきた。
少し気分もよくなったところで冷静に考えてみた。

先ほどの巡査も実はもうこれは駄目だなと判断したに違いない。
そうして、せめてその亡骸を引き取る相手の糸口を見つけたかったのかもしれない。
そう考えると随分手際の良い対応にも思えた。
きっと東京ではこんなことが当たり前に起こっているに違いない。
そんな風だから別段に巡査が優れている訳でも劣っている訳でもないのである。
いつもそうしているから、そうしていたのかもしれない。

一昔前だったらこういう光景を見たなら、ああは成りたくないものだと思ったに違いない。
けれども、今はそう簡単に割り切れない。
数ヶ月後には路頭に迷って街中を彷徨いながら
同じように倒れているかもしれない。

デパートの前に来たら突然頭の中がぐるぐる回り出して倒れてしまう。
そうして気づいたらやっぱり巡査が居てお前は一体何者だと尋ねられているかもしれない。
そうこうしている中にとうとう死んでしまう。
そんなことがあっても全く不思議ではない。

街中で誰に看取られるわけでもなくボロのようになって死ぬ恐怖。

しかし、死というものに方法などない。
死ぬ時はいつでも孤独に死ななければならない。
街中で巡査にお前は何者かと言われながら死ぬのも、
大勢の親族や仲間に囲まれて死ぬのも同じである。
あるいはかえって病苦に苦しみ続けて死ぬより余っ程気楽かもしれない。

人生の目的とか難しい顔をして考えてみてもどうせ碌なアイデアも出てきやしない。

我々の人生の行き着く先は死である。
母親の子宮からポンと生まれ落ちたときから、死というゴールに向かって歩き続けているだけである。

どんなに早く走ってみても、どんなに逃げ惑ってみても、どんなに学問をしても
どんなに人を欺いても、そしてどんなに立派なことをしてみせても効果はない。

一歩一歩物理学の法則に従って死に近づいているだけである。

ゴールが死なら死ぬまでの間にせいぜいやりたいことをやっておくことであろう。

あるいは天然自然の法則が考え出した最も優れた延命方法、
自分の遺伝子を残すことである。
せめて遺伝子だけでも生き伸びさせるためにも子づくりは案外大切なことなのかもしれない。

色々難しいことをいうよりも、体の指示に従って勝手に異性に惚れて、
また勝手に体の指示に従って肉体関係を持つ。
そうすると勝手に子どもが出来てくるようになっている。
特段学問など必要もない。
これくらいのことなら学校で鼻糞をほじくっていてもなんとかなるだろう。
子どもができればなんだか可愛くなるだろうし、
怠け者の庄助さんだってその子のために働く気分にもなるかもしれない。

子作りするだけで、遺伝子を生き伸びさせることができるのであるから、
本能に従っているのが案外気楽なようである。
そうして、これが一番幸せで全うな生き方なのかもしれない。

sy_040.jpg
ある知り合いの婆さんからケーキを貰ってきた。
チョコレートで包まれたもので天辺に気取った砂糖菓子がひとつ清まして置いてある。
銀紙に丁寧に包まれたチョコレートケーキは実に気品に満ちている。
しかし、困ったのはたったの一つしかないという事だ。

なにしろアライグマもケーキには目がない。
一体全体どうしたものかと思案したあげくに、ここはひとつゲーム理論に従って
半分づつ切り分けて戴くことにした。

切り分けるのはアライグマが担当である。
選ぶのは自分の役目である。
ゲームの理論に従えば自分は少しでも大きい方を取ろうとする。
そうなるとアライグマの取り分は減る訳だから奴は出来るだけ等分に切り分けるように努力する。
結果ケーキは限りなく等分に分けられ仲違いなど起こらぬとい大層な理屈である。

ところがアライグマはどういう了見かなんの考えもなく適当に切ってみせる。
しかも大きい方に砂糖菓子が清ましている。

こうなったら大きい方を取りたくなるのが人情というものである。
すかさず大きいケーキを奪い取ったらアライグマは散々文句を言い始めた。

大体、あなたは思いやりというものが微塵も持たない冷酷な人間だとか、
いつもぼんやりとして鼻毛ばかり抜くものだから掃除が大変だとか、
こんなに貧乏をさせられても耐えてみせているのにだとか言う。
そして、仕舞いには涙をポロポロ流し始める。

そうまでチョコレートケーキに未練を持たれては適わない。
仕方ないので砂糖菓子をツイと取り上げて下のケーキを入れ替えてやった。
これで文句あるまいと威張ると、
その砂糖菓子が欲しいのだとやっぱり泣く。

とうとう砂糖菓子まで取られてしまった。

一体全体何がゲーム理論だ。
まんまとしてやられたではないか。
こんなことだからいつまでたっても人類は戦争を止められないのだと心底思った次第である。

最近細君の事を疑っている。
実はアライグマの化身ではないかと思っている。

だから細君のことをこっそりとアライグマと呼んでいる。
疑う理由その1
なんでも洗う。かっぱえびせんの袋も、牛乳パックも、シロクマアイスのカップも、玉子も、新品の服も、革靴も・・・。すべて洗ってから開封するからだ。
疑う理由その2
試しに肋骨の本数を数えたら片側12本もあった。
疑う理由その3
今時携帯電話の使い方がわからない。
疑う理由その4
自動販売機のカップ入りのコーヒーの購入方法を真面目に聞いてきたから。
疑う理由その5
病気をしても3日寝込めば完治する恐ろしいほどの治癒力。医者いらずだ。
疑う理由その6
めずらしい野鳥を発見することが異常に早い。
疑う理由その7
蝉を素手で取ってきて「ほれっ」と言って見せる事。バルタン星人のような蝉がギギギというのが不気味だった。

昔アライグマを助けた覚えは無いのだが・・・

グツグツ煮える鍋から醤油の匂いが立ち上がる。
牛鍋といっても牛などわずかでこんにゃくばかりである。

久々に集まった退屈な連中は牛鍋をつつきながらどうでも良い事を喋っている。

名月君はこんにゃくを摘みながら言った。
「放射能汚染で和牛が安く買えるというから近くのスーパーに行ってみたらとても買えるような値段ではなかった。この鍋も海外のすね肉ばかりだ。一体全体我々下層に位置する人間にとって和牛がどうなろうとあんまり関係ない。ところがその和牛を国が買い上げて税金に転嫁するというのだから嫌になってしまう。しかも消費税にだぜ。われわれの手にすることのできない高級品を援助するために税金を払うのはおかしいとは思わないか」
名月君はようやく肉を見つけて食っても固くて食えやしないとぶつぶつ続けた。

キュウリ魚君はクイと酒を飲んでこう言った。
「まあ、それでも畜産業者は放射能の被害者だしね」
そうするとエイのひれ君が応えた。
「災害はいつ、どんな形でやってくるかわからないものさ。僕なんぞは竹中の政策でこの場所に追い落とされた一人だし、ヨネキンだって代々受け継いだ店を大型スーパーの出店で閉めざるを得なかった。その大型スーパーも倒産して街自体ゴーストタウン化している。まったく津波ならあきらめもつくかもしれないがね。ヨネキンは誰からも援助されることもなくあわれに死んでいった」
ヨネキンは米沢さんのことで金玉がひとつしかないのでヨネキンと呼ばれていた。

牛鍋は貧乏人達をあざ笑うようにグツグツいいながら煮えたぎっている。

あまりに無力な

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福島の原発事故は一向に収まる気配がない。

名月君はちびちび酒を飲みながら言う。
「まったくもって神の領域の火を使いながら、その消し方も心得ておらずにおろおろするばかりだな。
これでは技術先進国の名が廃るってもんだ。
大体だね、原子力なんて最新のテクノロジーだぜ。
ところがやっている事はというとまるで飯事だ。
ホースで水をかけて、水が溜まったので今度は一生懸命かき出すばかりだ。
それも全部人海戦術だから驚く。
こんな幼稚なことしかできないくせに、一体よくもまあ、神の領域の火に手をつけたものだ」

海の藻屑君も同調して続けた。
「海外に助けてと言ったり、ロボットを提供してもらったり。
ええ、ここまできて見栄など張っている場合じゃあない。
でもね、僕などは日本はロボット先進国だとつい先頃まで信じて疑わなかったものですよ。一体何が先進だったのだろうか。使えるものは何もありゃしない。
あの2足歩行する、なんとかいうロボットなど一体何のために作ったのだろうか」

エイのひれ君はいい加減に酒が回ってしまって顔がトマトのように赤い。
気の毒なほど顔を赤くしたエイのひれ君は少し苦しそうに言った。
「天然自然の力には遠く及ばないということですよ。
人間はもっと本来の姿に戻らなければならないという警鐘です」

「そうかもしれないが、天然自然の怒りはあまりに無差別だね」
澄まし顔で名月君はキンカン坊主に向かって言った。
「こんなときでも竹中なんぞは平然としてTPPに対応できる新しい農業政策をなどと言っていた。こんな奴こそ津波に飲まれて欲しいものだ」
エイのひれ君は竹中嫌いだからそんなことを言った。そして「えいくそ!」と怒鳴ったなり寝込んでしまった。

いつの間にか世の中の底辺に追いやられ、それでも故郷を愛し、さんざんいいように使われてもやっぱり人間を愛し続ける。
こうやって放射線を浴びた料理をつまみながら役にたたないことばかり言っては、怒り、悲しみ、そして失笑するよりほかには見当たらなかった。

かつて二日酔いになった猫も、放射性物質入りの水を飲まされながらも案外臆する事もなくただ毎日を彼なりに一生懸命生きているようである。


花見どころでは

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今頃は本来なら花見で飲んだくれているところだが、流石の飲んべえ達も大震災のあとにはなす術が無い。
仕方ないのでキンカン坊主のアパートに集まってやっぱり酒を飲んでいる。
放射能を浴びたかもしれない野菜をどこからか安く手に入れて、安い肉と煮込んだものを喰いながらどうでもいい事を話していたらキュウリ魚君が急に真面目になって言った。
「昨日電車に乗ったら二十歳くらいの男が目の前に座ったのです。彼は座るなりおもむろにパンを喰い始めた。そうしてこの次にはペットボトルの水をゴクゴク飲むのです」

キュウリ魚君の顔は険しい。

「放射能の影響で乳児用のペットボトルの水が無いと騒いでいるときにですよ。第一あの図体なら蹴飛ばしても平気な若者がなんでわざわざペットボトルの水を手に入れて飲んでいるのか、考えただけでも腹がたってきました」

「まったくもってそうだ」

今度は海の藻くず君が怒りだした。

「今日テレビで水道の水は安全だと言う学者にペットの水はどうしたらいいのかと問いただす、若手芸人がいた。まったくもって悲しくなってしまった。
彼らはいかにも神妙な顔で被災者に呼びかけをしたりするけれど、けっきょくはその程度なんだよ」

「確かにそうだね。川島なお美のブログには犬用の水の心配がつづられている。
一生懸命働いて生きていかねばならない平民の未来ある命は彼女達のペットにも劣る訳だ。きっと多くの水をペット様のために買いあさっていることだろうよ」
名月君はいつか二日酔いにさせた猫に水道水を舐めさながら言った。

二日酔いになった猫もどうやら名月君と和解したらしく、水を飲み終わると名月君の足に寄り添ってニャーと言ってみせる。

「どうしてこうも世の中無情なのですか」
キュウリ魚君が言うとキンカン坊主は知るもんかと、およそ坊主らしからぬことを言って小便に立った。


シロン君の手紙

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死んだはずのシロン君から手紙が届いたから驚いた。
手紙にはこんな内容が書かれていた。


僕が死んだことで君達は随分驚いた事だろうと思う。
しかし、そんなに驚くことはない。
僕は近々死ぬのだから、ちょっとばかりそれが早まったばかりだ。
だから、とうとう死んだと思ってくれればよいだろう。

けれどもその経緯は説明しておく必要がありそうだ。
なぜなら、家内に詫びなければならないからだ。
僕は本当に身勝手な男だ。
そして家内には詫びても詫びても詫びきれない思いがある。
どうか、君達皆で家内を助けてやってほしい。
勝手なお願いであるが、なんとか頼む。

僕はあの女と恋愛をした。
恋愛をするのに理由など必要ないものであることは君達だって知ってのとおりだ。

あの女はいつか僕にこう言った。
「私もうじき死にます。あなたいっしょに死んでもらえますか」
そう言った女は実に美しかった。
少しはにかみながらもじっと見つめる目には涙が溜まっていた。
僕はあるいはその美しさと心中を決めたのかもしれない。

僕はじき死ぬ身だし、
一層のことならこの美しさと心中したいと思った。
恋愛の美しい瞬間を僕は永遠にすることを決めたわけだ。

勿論家内のことは十分考えた末のことだ。
家内とは生きるための連れ合いだった。
けれども今度の女とは永遠の恋愛だったのかもしれない。
命がけの恋愛というものは
想像以上に美しいものだった。

馬鹿な男だと責めないで欲しい。
そういう生き方しかできなかった男をただ哀れんでくれたまえ。
家内のことは本当に頼んだからよろしくお願いする。

それでは達者で。


僕はですね。日本といえば世界でも立派な文明国家だと信じていたんです。
海の藻屑君が悲しい顔をして言った。

ところがですね。
日本を代表する大新聞にこんな見出しが躍るとは正に狐に摘まれたようです。

「大阪市の最高齢152歳 戸籍上120歳以上5125人」
「今度は文久元年生まれ149歳・・・」

江戸時代生まれの人がまだ生きているというのでしょうか。
しかも120歳以上がなんと五千人も大阪市に住んでいるなんて。

そんなふざけた内容が記事になるなんてもう信じられないです。

「日本ってこんなにふざけた国だったのでしょうか。
なんだかむなしくなってしまいます」

海の藻屑君の言葉に名月君が言った。
「世直しが必要だね。駄目だ駄目だ。どうしてこんな世の中になってしまったのであろうか」
そう言いながら猫に氷をひとつ与えると、
猫がニャーと鳴いて氷にじゃれつき始めた。


かき氷

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キンカン坊主のアパートは猛烈に暑い。
エアコンはほとんど壊れているから役にたたないのである。
埃だらけの扇風機をフル回転させながら暑い、暑いと言う。
そんな風だから夏場はあまり行きたくない所なのである。

ところが突然のシロン君の他界の事もあり皆で集まった次第である。
名月君は暑いと言って腹を立てて、猫に八つ当たりする。
キュウリ魚君が制止するが、名月君はやっぱり腹を立てて猫にあたる。

流石にこれでは身が持たないとキンカン坊主がかき氷をごちそうすることになった。
昔どこの家庭にもあったいい加減な手動のかき氷機でかき氷を作るものだから、
すぐに溶け出してべちゃべちゃのかき氷である。
それでもこの暑さの中では有り難い。
いかにも人工的な赤い蜜の味に満面の笑みを浮かべながら喰う。

炎天下の冷房のきかない部屋で、人様の役にはたってないに違いない男達が集まり故人を偲んでいる。
暑い、暑いと言いながらも、何の徳にもならない事を話ながらもやっぱり集まる。
常日頃は全く持って薄情な連中ではあるがやっぱりシロン君を偲ばずにはおれなかったのである。


シロン君とこうして紅茶を飲んだのは随分久しぶりだった。
寒い頃、癌だと聞かされてそれ以来見舞いにも行かないままシロン君は元気になったと言って退院してきた。

それでもゆっくり再会したのはこの時なのだから、小生は友人としても随分薄情な人間に成り下がったものである。

病院での退屈な時間を暫く話した後シロン君は空を見ながらこんな話を始めた。

「実は入院中に素敵な女性と出会ってね」

シロン君といえば美人の奥方が居る。正式に結婚はしていないものの誰もが羨む仲なのである。そんなシロン君が他の女性に心変わりするとはにわかには信じがたいことである。

「僕はね。そんなに長くは生きていられないと思うのです。そして知り合った女性も実は長くはないという。神はなんて愚かなお遊びをするのだろうか。先の長くない二人に恋愛をさせていったいどういうつもりなのか。そんな風に僕の理性は言うのです。けれども僕の感情は、どうしても抑えられないのです」

そんな風に言うとシロン君は照れくさそうに笑ってみせる。
いつまでも子どものような表情を残した男である。

「君は詩を書かないからわからないかもしれないが、恋愛する心がなくなったら芸術家はもう駄目なのです。僕なんぞはもう死にかけているのにやっぱり恋愛して詩を残そうとしている。まったくもって困ったものです」

困るのは奥方の方であろうと美人の奥方を気遣うとシロン君も困惑して言った。

「確かにそうなのです。彼女は僕にとって欠かせない女性だ。僕も彼女を最後まで大事にするつもりでいた。でもね、病院で知り合った女も僕には欠かせない女性なんです」

それは男のエゴで女性には通用しないのだからいい加減に頭を冷やすに限ると、せめても友人としての忠告をした。

シロン君はありがとうと言ってそのまま帰って行った。

それから数日後のことである。
シロン君の奥方から知らせがあった。

それは、シロン君が或る女性と自殺したという内容であった。


毎日ぼんやりとして鼻くそばかりほじくっていると、今日は一体何時なのか判らなくなるものである。

蝉の声を聴き、暑いと腹を立てながら蝉に石を投げつけるとおよそ1メートル程はずれた所に中る。それでも蝉は驚いて飛び出す。慌てて飛び出すと烏の餌食になる。
どうやら烏どもは蝉に味を占めたようである。蝉を追いかけては喰っているのである。
生きるのは退屈であるが大変なものである。
そんな風に損にも得にもならない生き方をしていると今日が何時なのか判らなくなるのである。暑いから季節は夏であろう位のものなのである。

それでも、周りがあまりに静かである。一体どうしたのかと家内に聞くと盆だと言う。そうしてようやく盆であることに気付く始末である。寺を持たない糞坊主であるキンカン坊主も流石に忙しいらしい。名月君も音沙汰がない。あれで結構忙しい身のようである。キューウリ魚君は夏休みをとって故郷に帰っている。退屈な時の遊び友達もこの時ばかりは縁がない。

家内に急かされて仏壇に線香をあげる。
適当な念仏をぶつぶつ唱えて、これで我が家の盆は終わりである。
いい歳をしてみてもさらさら校歌を覚える気のない小学生のようなもので
口をぱくぱくするばかりで何の意味もない。
これでは先祖も気が休まらないことであろう。

そんな風に思うのも束の間で、
暑いからとアイスキャンディーを頬張っている次第である。

久しぶりにキンカン坊主のアパートに集まってすき焼きと洒落込んだ。
いつか酔っぱらった猫も健在である。

猫は相変わらず名月君には近づかない。
いくら獣であっても一度ひどい目に遭うと以降は十分慎重になるようである。

名月君はそんな猫の恨みを知ってか知らずにか、
ねこじゃらしを使って見せるが猫は知らん顔である。

「鳩山政権も終わったね」
キンカン坊主が言うと海の藻屑君は
当たり前だと言う。
何が当たり前なのかねと聞いてみると、約束したことが出来なければ嘘つきである。
これでは丸っきり詐欺師だと言って怒る。怒ると藻屑の下が赤らんできて少々気味が悪い。

名月君はこの肉は和牛かねとキンカン坊主に問いただすと、
キンカン坊主はアメリカンに決まっていると威張る。

和牛なんぞ高くて食えるものか。

一体全体こんな風に値段をつり上げるからあんな病気が広まってひどい目に会うってもんだ。名月君がそう言うと、キュウリ魚君は口蹄疫についてくどくどと学術的な説明を始めた。

エイのヒレ君はポンと玉子を割って器に落とし、肉をからめて喰う。
「やあ、これはうまい」
そう言うと猫も近づいてくる。
そして一斉に皆の箸がすき焼き鍋を突き始めた。

部屋の中はすき焼きの匂い一色になった。

花見の季節

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花見の席で名月君は赤鼻に言った。
「君ね、なんだその鞄は。一体全体紳士という物は持ち物には拘わらねばならん」
そう言いながら団子を食う。
赤鼻はそう言えば随分鞄を変えてないと人ごとのように応えながらやっぱり団子を食う。
団子を食ったら蜜が服に流れ落ちたので慌てて拭き取っている。鞄の話どころではない。

メジロが桜の密を吸いにやって来てすっとんきょな顔をしてみせる。
名月君の講釈に退屈してそんなメジロを楽しんでいると今度は海の藻屑君がこんな事を話し始めた。
「桜の花って奴はどうして人の気持ちを揺り動かすのかね」
キンカン坊主は甘酒を飲みながら落ち着いて答える。
「なーにそれは桜に責任があるのではない。丁度年度の変わり目に咲くからだ。幼い頃から人の節目に咲いているのだから、桜を見るといろんな心持ちを思い出すからに違いない」
「ぢゃあ、たんぽぽでも良い訳か」
すかさず名月君が切り返すとキンカン坊主は笑いながら言った。
「君ね。幼い頃にタンポポが季節の象徴として教えられたかね。いつでも桜があったのではないかね」

どうでもいいような事をあーでもない、こーでもないと講釈が続いた。
小生はやっぱりメジロの顔が面白いのでその姿ばかり追っていた。

時計の犯罪

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一昔前は大抵の家には柱時計があったものである。
1時間ごとにボーンボーンボーンと律儀に鳴るあれである。

今ではずっとシンプルなものに様代わりしてしまったのではなかろうか。

そんな壁掛け時計をふっと見てみると、
今まで止まっていた秒針があわてて動き出したように見えた。
「ははあーん、さては今までサボっていたに違いない」
そんなことを思いながら今度はじっと針を追ってみる。

刻々と時間が刻まれていく。
間違いなく針は正確に動いている。

暫くして、
知らん顔をしてよそ見をする振りをして
いきなり時計の針を見たら、主人の見てないことを良い事にちゃっかり3秒程サボっていた秒針があわてて3秒分一度に動いたように見えた。

ただ残念なのは秒針の犯罪を現行犯で捕らえられなかった事である。
つまり3秒分まとめて動いたものの目にしたのは最後の1秒目のところだった訳である。

そんな風な事をしながらも間違いなく時間は過ぎていく。
時間をどう使おうと小生の勝手である。
誰に文句を言われる筋合いもない。

とはいえ、時間は公平に永遠と流れるものではない。
自分に与えられた時間は限りあるものである。
実は寸秒をも惜しまなくてはならない。

けれども時々時間の犯す犯罪を盗み見たくなるのも人情である。
ところが、どういう訳かやってはならない事をやってしまっているようで気持ちが悪い。

時の犯罪を解明したり、鏡映しの世界に入り込むことはやってはならないことのような気がするのである。

うどん屋でうどんを食いながらのことである。

「ガムとチョコレートをいっしょに食べるとガムがドロドロに溶けてしまうんだよ」
ヨードチンキ君が密かに発見したように言うと海の藻屑君が笑った。
「そんな事小学校の遠足の時に知っていたよ。君は今までご存知なかったのかね」
ヨードチンキ君は世間では常識のことだったのかと不思議がる。
キュウリ魚君は冷静に意見を言う。
「チョコレートの油分が犯人なのです」

それを聞いたキンカン坊主はクールミントガムを噛みながら今度は海老天うどんの海老天を頬張った。
暫く口をもぐもぐさせて大声を出す。
「やあ、これはものすごい海老天でガムが無くなった。どろどろに溶けている」

キュウリ魚君は冷たい目で坊主を睨みながら吐き捨てるように言った。
「ミントと海老天喰って美味いのですか。本当にあなたはお坊さんなのですか。馬鹿にも程がある」

そんなキュウリ魚君を尻目にヨードチンキ君も坊主からガムを拝借してやっぱり海老天を頬張っている。
とうとう、海の藻屑君までも同じ事をやり始めた。

うどん屋の親父はそんな風に騒動する我々に不機嫌な顔をしている。

うどん屋に一人で入ってガムを食いながら海老天を食うと危険人物である。
ところが大の大人が寄って集って同じ事をやらかすと笑いが起こる。
おかしなものである。

ただ一人うどん屋の親父が迷惑この上ないことだけは現実なのである。

ぼんやりと間抜け顔をしながらクリームチョコレートを舐めている。
銀色の包みがきれいなチョコレートである。
時々緑色に輝くものとか赤く輝くものもある。

金属色に輝くとなんだか心が躍ってくるのは何故だろうか。
おそらく動物的な感覚なのだろうとなんとなく思ったりしながら
チョコレートを囓る。
囓ると白いクリームが出てくる。
異常に甘い。
甘いから薄い紅茶で口を濯ぐ。
そうしてまた一つ口に放り込む。
今度はクリームにコーティングしたようなチョコレートを口の中で溶かす。
チョコレートが溶けるとまた甘いクリームの味がする。
仕舞いには口の中がドロドロしてくる。
気持ち悪いからまた薄い紅茶を飲む。

そんな風なことをぼんやりと繰り返していると流石に頭が痛くなってくる。

テレビをつけたら女性のアナウンサーが得意になって小沢批判をしている。
こんな連中にまで批判されるようになったらもうお仕舞いだなと思い早々にテレビを消した。

またひとつクリームチョコレートを口に放り込んだら、今度は虫歯が痛みだした。

無駄に車検代を払うくらいなら虫歯の治療もできるのにと考えたら
こんな国に生きていることが無性に馬鹿馬鹿しくなってきた。

そういえばアメリカまでの飛行機に乗ると機内でどうしてあんなに屁がでるのだろうか。きっと気圧の仕業だろうが、それにしても腹が張って仕方なくなるのは一体小生だけだろうかと暫く考えていると夜も更けてきた。

さあ寝よう。

DSC_0007.jpg

天気が良いので鳥見に出かけた。
青い鳥のルリビタキを見たかったが残念ながら会えなかった。

今日はどこにでも居るジョウビタキを見て楽しんだ。
とはいえ、ジョウビタキも実にお洒落な鳥である。
頭部に銀色を使うなどなかなか渋い色遣いである。

ジョウビタキの名前の由来はどこにでも居るヒタキだから常ビタキかと思ったら
頭部が翁のようだから「尉」という文字をあてて「尉鶲」と呼ぶらしい。
あるいは「ヒッ、ヒッ、ヒッ」と鳴くことから「尉火炊」とも呼ばれるらしい。
しかしヒタキとはキビタキやルリビタキ、コサメビタキなどのヒタキ科に属するからヒタキなのではないだろうか。
どうもネットで名前の由来を調べるとどれも同様の内容だから誰かが最初に書いたものを大方皆で真似をして書いているだけではなかろうか。

そしてまたややこしいことにジョウビタキは実はツグミ科に属するらしい。
ジョウビタキのヒタキはヒタキ科のヒタキではなく、やっぱり火炊きのヒタキなのだろうか。
面倒くさい名前である。

百舌のはやにえ

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今日は寒い。5センチもありそうな霜柱が見事である。

よりによって朝から学校でパソコンの作業である。
北向きの部屋だから凍えるかと思うほど寒かった。

板垣退助似の校長は留守である。
熊ゲラのような顔をした教頭が今日は給食を召し上がりなさいと勧めてくれたが、
メニューは春雨スープだと聞いて丁重にお断りした。
子供の頃の犬の食器のような器に入れられた冷めた春雨スープの不味さは格別だったからである。今もこのメニューが残っているとは春雨スープも執念深いものである。
相変わらず小学生を苦悩させていることであろう。

あんまり寒いものだから早々に引き上げることにした。
帰ろうとすると熊ゲラの教頭は一枚の写真を見せてくれた。

百舌のはやにえでトカゲのミイラが校庭の梅の枝に突き刺さっているものであった。
今時はやにえとは百舌も古風な事をやらかすもんですなと言うと、熊ゲラの教頭はキョトンとしていた。
これで赤い帽子を被れば熊ゲラそのものである。

家に戻ったら早速アラジンのストーブに火を入れ、青々と炎が立つとスルメを焼くことにした。宝焼酎を飲みながらスルメの足をしゃぶると昼間熊ゲラの教頭に見せられた百舌のはやにえを思い出した。
あのミイラになったトカゲもきっとこんな味がするのであろうか。百舌の奴なかなかの食通らしいなどとどうでもいいことを考えながらチビリチビリとやり始めた。

やれ政治がどうだとかマスコミがどうしたとか憂いてみても、小生など所詮ははじき出されたカスのような人間である。どうせ残り少ない人生である。今後のこの国の行方などどうでも良いことだと思うに至った。馬鹿馬鹿しい。

今度あの学校に行ったらはやにえのあった梅の枝にスルメの足をぶら下げてみようと思う。百舌の奴きっと驚くに違いない。さてスルメを喰うか、やっぱりトカゲを喰うか、こいつは見物である。そうして梅の枝にぶら下がったスルメを見つけ出した目ざとい小学生がスルメが生えたと言って驚く様も面白いに違いない。

蜜柑

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今年は蜜柑が安い。
昔ながらの蜜柑箱(10kg)が千円くらいで買える。
だから安心して蜜柑をぱくついているのである。

箱買いすると安いが時々腐った蜜柑が混じっている。
そのまま捨てるのは勿体ないのできれいに剥いて安アパートのベランダに置いておくと
鳥が来て食べていく。
その様をじっと見ていると時間を忘れるのである。

ヒヨドリがきてあたりを伺いながらもしきりに啄み、
果汁で満たされるとどこかへ消えていく。

今度はメジロが来てふざけた顔で果汁を吸う。
メジロは一口二口果汁を吸うとすぐにどこかへ飛び去る。

四十雀もしきりに行き来する。

嵐山渓谷に行けばルリビタキに会えるかもしれないなどと
鳥見の事などもぼんやりと思ってみる。

腐った蜜柑ひとつで鳥たちと遊ぶ時間はくだらないテレビを見るよりも余程優雅な一時である。

本来の時間を取り戻した一時でもあった。

暮れにスーパーに行ってみると蒲鉾の値段に驚かされたのである。
一本千円だの800円だの大層立派な化粧をした蒲鉾がずらりと並んでいる。
500円以下のものなどどこにもない。
いつも買っている100円の赤いものでよいのだが、いつの間にか姿を消しているのである。
一体全体どこに隠されたのであろうか。

蒲鉾一本に千円出すくらいなら鯛の刺身が買えるってものだ。
ということで、魚売り場に行くと今度はいつも売っている1パック298円の刺身が無い。
いつの間にか千円以上のものに早変わりである。

まったくひどい話である。
正月といえども正月どころではない人が平凡な食事もできない始末である。

えいくそと結局カップ麺の生活になるのである。

ところが、そろそろ世間の人が正月に飽きてきた頃が狙い目である。

一本千円だと威張っていた蒲鉾もなんだか都落ちした風情で3分の1くらいの値段になる。
さてここで清水の舞台から飛び降りる気分で都落ちの蒲鉾を手に入れるのである。

年に一度の贅沢である。
こうして、ようやく我が家にも正月が訪れるわけである。

冷たい北風がすきま風となって入ってくるから、
アラジンのストーブを全開で燃やしてみてもやっぱり寒い。


昆布で巻いた蒲鉾をつまみながら宝焼酎をキュッとやる。
そうだ「とらさん」でも見ようと思い立ち昔手に入れたビデオを観ることにした。

昭和のあの頃は本当にいい時代だったのかもしれない。

正月

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昨夜からきんかん坊主の所に押しかけ、めでたいめでたいと酒を飲んだ。
いつの間にか眠りこけ、気がついたら新年である。
年齢を重ねるとまた年をとることが恨めしいものであり、
あまりめでたくもない。

本来一本道で一方通行であるはずの時間軸を
365日でまた1から始める暦を考えついた先人は
卓越した頭脳の持ち主であったのかもしれない。
いやいや、考えついたのではなく太陽をぐるぐる回る地球の天然自然の法則に従っただけであり、天然自然の法則が卓越しているのである。

今日は正月だから朝から皆で酒を飲むことにした。
まあ、理由をつけては酒を飲む飲兵衛の集まりだから仕方あるまい。
相変わらず猫は酒の席に寄りつかない。

サラリーマン時代は良かったと言うエイのヒレ君にキンカン坊主は言った。

「君はそうやってサラリーマン時代を懐かしむが、本当に当時は幸せだったのかね。
年中休む間もなく働き、やりたいこともできずに苦痛だったのではないのかね。そもそも仕事自体本当に君がやりたかった事だったのかね。それに確かに安定した収入だったかもしれないけれども実際に裕福だったのかね」

そう言われるてみるとエイのヒレ君も困ってしまった。
「確かにそうですね。決して幸せなんかぢゃなかった。毎日毎日が組織に縛られ、つまらない時間を過ごしたのかもしれません。けれども明日どうなるか分からないという恐怖はなかった。今は苦しいけれどもきっと将来は良いことがあると何となく思ってました。それに組織の中にいると何となく気が楽だった」


「解き放された自由だからこそ明日が怖い。自由を得るのは本当に強い人だけなのかもしれませんね」
キュウリ魚君はそう言う。

「人間なんて弱いものだよ。それでいいんだ。だから宗教がある。だから詩があるし、音楽もある。だから酒があるのだよ」
キンカン坊主はそう言ってグビッと酒を飲む。

「時代の流れに翻弄され、自然の驚異に怯える。それが人間さ。将来の自分と契約してどうする。今日この日こそ美しくなければならない。もっと今日に勇気を持たねばなりませんぜ」
名月君はそう言って威張っている。

正月の日差しが損にも得にもならない我々をいつになく暖かく包み込んでいた。

喰うということ

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南蛮君は鳥モツのキンカンが喰いたいと突然言い出した。
キンカン坊主と話しているうちに喰いたくなったらしい。

「ところで僕が持って来た鶏はどうしたのかね」
名月君がキンカン坊主に詰め寄った。

キンカン坊主は平然と答えた。
「ああ、あれなら喰ったよ」
「何、喰った?お前さん坊主のくせによくもそんな事できるものだ」
名月君はあきれた顔をしてみせた。

キンカン坊主は続けた。
「あれは月夜のことだった。あんまりの空腹にとうとうかの鶏を食う事を決心し、
静かに背後から近づき目にも止まらぬ早さで鶏を捕らえた」

ふん、ふん、それでと南蛮君が促す。
南蛮君は何を喰うにも南蛮をたっぷりかけるから南蛮君である。
おそらく味覚がおかしいのであろう。


「奴は一瞬ギクリとしたが、とうとう自分の運命を悟ったのかそれ以上は騒がなかった。
きっと覚悟をきめたのだろうね。その姿がんなとも涙ぐましかった」

「それを喰ったのか。この野蛮人めが」
名月君はキンカン坊主を睨む。

「そもそも君が喰おうと持参したんじゃないか。この頃は鶏の餌にも苦労する始末。猫と坊主の命の糧になってもらった次第だ」
キンカン坊主はそう言うと鼻をクンクンとならした。蓄膿の人がよくやる仕草である。

「どうだかね。そのうち猫も喰っちまうんぢゃないのか」
そう名月君が言うと猫がぎょとした顔で部屋を飛び出した。

「羽とかどうしたのですか」
南蛮君が尋ねるとキンカン坊主はこう答えた。
「なーに赤や緑色に染めて募金の羽はいらんかねと小金丸の婆にみせたら喜んで持って行ったよ」


今年も残り少ない。
なんとか今年も生き延びることができた。
さてさて、来年はどんな年になることやら。


今日は家内が留守だからカップ麺を喰っていたらシロン君夫婦が訪ねて来た。


大学病院に入院することになったが受付に必要な用紙はインターネットでダウンロードしなければならないということで、ダウンロードして欲しいというのであった。
シロン君は芸術家だがパソコンは使ってない。

最近の病院の手続きは面倒なものだと話しながらパソコンに向かった。
が、親友の一大事だからそんな事は容易い事である。

容態は大したことは無いと言うが早めの治療が肝心だと医者に勧められたらしい。
奥さんも案外元気であった。

先日突然に癌を知らされた時は驚いたがこの様子では大丈夫だろうと思った次第である。

二人はそのまま病院に向かうからということで用事を済ますと早速引き上げた。

シロン君たちは正式に籍を入れてないがどんな夫婦よりも仲がよい。
なによりも奥さんが実に献身的にシロン君に尽くすところが実に美しい。
やはり自己主張ばかりするホルモン大好き女が急増する中、このように女らしい女性をみると安心するものである。

フェミニズムに走る近世は本当に人を幸せにするのであろうか。
女が自由を勝ち得て女を捨てた現在、人類にとってあまり好ましくない結果が待っているように思えるのである。

冷たい風が吹き出した。
今夜は寒くなりそうである。
残り少なくなった石油を購入するために表に出て暫く歩いた。

冷たい風が残り少なくなった落ち葉を乾いた音を立てて掃いていく。

ふと向かい側の道端に目をやるとシロン君夫婦が居た。
おそらくタクシーを待っているのであろう。

先ほどの元気な姿はそこにはない。
これから起こりうる不吉な予感になすべもなく
呆然と立ち竦む二人はすでに枯れ果てた樹木のようであった。